飽き性は罪ではない

さてワタクシ、自他ともに認める飽き性です。大きな声で他人には堂々と言えませんが…。

あれやってみたい、これやってみたいと思いついては行動に移し、ある程度やったところでやらなくなってしまい中途半端な結果に…。なんてことが多々。正直に言って「飽き性で良かった」なんて思うことはまったくありません。

けれど、色々なことに手を出してある程度のことまでやったからこそ、今の自分があるとも思っています。

自分でできる事が何か一つ増えると、考え方や視点の幅が広がり、選択肢が増えます。そして、その選択肢や考え方は単純にプラスになるのではなく、かけ算で広がっていくのです。

もちろんただ娯楽を消化していくのではなく、”なぜ・どうして・どうやって”が考え方の根本にあると、今後役立つ楽しみ方ができるのかな~と思います。

私にとって、飽き性=悪・罪ではなく、人生を楽しむための基盤の一つとなっているのです。そして自分にできない事、一つの事を突き詰めて飛び抜けた結果を出す方はとーっても尊敬しているのです。

“今の”仕事と趣味の違い

実は、今企業に入ってやっている仕事と、趣味でやっている事の中身はほとんど同じ。サイトを制作して管理運用しつつ、分析した上で手を加えて改善していったり、コンテンツを増やしたり。

どちらもやっている事は同じだし、基本的に趣味に対しても自分が出せる力は積極的に出していく。自分にとって仕事と趣味の違いってなんだろう?と考えてみた。

「楽しんでるな」と感じる時と「仕事してるなあ」と感じる時の違いをぼんやり考えてみると”やりたい時にやりたい事をやっている時”と”やらなきゃいけない事を優先している時”かなあと思う。

こういうのって人それぞれだけれど、自分にとってやりたい時にやりたい事をできないのはとても苦痛。企業に入っていると何をするにも根回しと許可が必要でフットワークが重くなりがち。この縛られた感が、自分にとって”仕事の時間”と思うようになっている。

あとは、趣味は自分のものさしでモノを作り上げていく。仕事は他人のものさしに合わせてモノを作り上げていく。という取り組む姿勢の違いはあるかなと。これはまったく苦痛ではなく、自分に新しいハードルを設ける機会になるから積極的に関わっていきたいと思っている。

こうやって文章におこしていると、今の仕事ってあまり自分には合っていないのかなと考えてしまう…。人間関係は良好で、待遇も良くしてもらっているけれど、本当の自分じゃない気がする。「本当の自分」なんて、なんだか若々しい言い回しだけど、好奇心が衰えないうちに別の事に挑戦できる自分と出会ってみたい。